先週土曜日に初めて見ました。NHK土曜ドラマの「監査法人」。
世界基準の監査を掲げ、厳格監査を売りに新しい監査法人を立ち上げた理事長。
しかし財政監督庁から大手監査法人との統合(実質は吸収)を促され、結局はクライアントを多数抱えないことにはよそから呑み込まれてしまう、そうなるわけにはいかんのだと、ヤバめなベンチャー企業の上場案件について、厳格監査を捨てて甘い監査で粉飾決算を通せという理事長。それに疑問を感じ歯向かう若き熱血主人公・・・!
ってな回でした。全6回のうち、すでに5回目。
かなり面白いドラマ。「ハゲタカ」を彷彿とさせます。再放送やってほしい。
話を分かりやすくするためにデフォルメも入っているとは思いますが、会計士というポジションが分かりやすく描かれています。
会計士というポジション自体が、クライアントの黒い意向に沿うわけにはいかないという独特の立ち位置なだけに、余計に「理想と現実・組織の矛盾」が際だちますね。
ホンモノの監査法人でも、ああいう上層部と若手の分かりやすい対立って、あるのかなぁ…?
世界基準の監査を掲げ、厳格監査を売りに新しい監査法人を立ち上げた理事長。
しかし財政監督庁から大手監査法人との統合(実質は吸収)を促され、結局はクライアントを多数抱えないことにはよそから呑み込まれてしまう、そうなるわけにはいかんのだと、ヤバめなベンチャー企業の上場案件について、厳格監査を捨てて甘い監査で粉飾決算を通せという理事長。それに疑問を感じ歯向かう若き熱血主人公・・・!
ってな回でした。全6回のうち、すでに5回目。
かなり面白いドラマ。「ハゲタカ」を彷彿とさせます。再放送やってほしい。
話を分かりやすくするためにデフォルメも入っているとは思いますが、会計士というポジションが分かりやすく描かれています。
会計士というポジション自体が、クライアントの黒い意向に沿うわけにはいかないという独特の立ち位置なだけに、余計に「理想と現実・組織の矛盾」が際だちますね。
ホンモノの監査法人でも、ああいう上層部と若手の分かりやすい対立って、あるのかなぁ…?
理想を求めつつも、現実との狭間に苦しみ、現場の若手がアツく怒る…
組織人ドラマとしてはよくあるシチュエーションです。
「踊る大捜査線」や「軍隊もの」の映画しかり。
こういう構図で、たとえば一介の市役所を舞台にしたドラマなんてありませんかね?
若手A(=ペーペー)「自転車道を作るというのなら、歩道のペイント塗り分けレーンや右側通行逆走レーンではダメです!真に市民社会の将来を考えるなら、クルマの通行を制限してでも、断固として自転車専用レーンを車道側に作らなければならないんですよ!マスメディアにニセモノの『先進的施策』とやらで取り上げてもらえればそれでいいんですかっ!?・・・そんなのはまやかしだ!」
上司B「そうはいっても本当に車道の一部をつぶして自転車レーンなんかつくってしまったら、市民生活への影響が大きすぎる。そんな起案を通すわけにはいかない。クルマを使うのが不便になって市民から苦情が殺到したらどうするんだ!キミの言っていることは正しいが、クルマへの影響が極力出ないような案でどうにか調整してくれ」
さあどうする若手の実務担当?
自転車派のみなさんならどうしますか?
ア)自分が勉強した結果、理想と思われる自転車専用レーンをあくまで主張する
イ)上司の(といいつつ実は市長や幹部職員の)意を汲み、「無難な(分かっている人が見たらアホな)」歩道のペイント塗り分け案で稟議書を書いてガマンする
ア)は(今の役所の)公務員としてあるまじき振る舞い。映画やドラマなら、熱血主人公が熱弁を振るって回りを動かすのでしょうが、現実の役所では熱弁を振るった時点でアウト。いや、熱弁を振るうことを許されても(失点には変わりない)、「話は分かった。でも歩道塗り分けペイントでよろしく」となるのがオチ。
たぶんこういう人は、どんなに仕事ができる人でも、「異端児」というか、「折り合いの付けられない問題児」として、役所の中では出世できないでしょうなぁ…。担当から外されて都市交通の部署からよその関係ない部署に異動させられてオシマイですね。以後も仕事の中核的役割をまかされることはないでしょう。
結局別な人が担当になって、歩道ペイント塗り分けレーンができあがる。
よその部署にトバされると分かっていてもア)を貫く?・・・ほとんど無駄な抵抗です。
役所で出世するのはイ)の方です。耐えに耐えて、キレたりせず、ギリギリの案をまとめる人。どの部署に行ってもそういう行動ができるねばり強い人。こらえ性のある人。ギリギリの案というか、本当は「終わってる」んですが…。
イ)の案でまとめ、プレスリリースし、マスメディアに「自転車先進施策」として取り上げてもらったら、よしよしよし、Aクンよ、よく結果を出してくれた、人事考課で高評価ってなもんです。
兵隊はこの戦争が正義かどうかなんて考える権限なし。目の前の敵を掃討しなさい。組織人たる者、文句あるなら去れ。
疋田さんのメルマガや、他の自転車派の論客の方の書くものには、よく「行政は分かっていない」とか「自転車行政の担当官の方には考え直してもらいたい」というようなことが書いてあります。
けれど、僕はこういった意見を読んでも、ほとんど心に響いてこないんですね。ありきたりな「行政」批判というのはつくづくむなしい。なぜなら「行政」批判をされて、「他の誰でもない自分が批判されている」と感じるプレイヤーがいないから。
誰が担当官になっても、たとえ自転車派が担当官になっても、歩道塗り分けペイントレーンが出来上がってしまう構図がありありと目に浮かびますね。
ア)が通るには、担当官よりも上の職階の者、もっとハッキリ言うと首長・幹部職員(役所用語で「理事者」)が、クルマに制限をくわえても構わないという方針を明確に打ち出す必要があります。クルマに制限を加えた結果、市民から抗議が殺到しても、最終的には上が責任を取るのだと腹をくくらねば。
一般市民の常識からかけ離れたこと(車道の一部をつぶして自転車専用レーンをつくる)をやろうとしたら、よっぽど市長・幹部の覚悟が決まっていなければできないわけです。たいていの場合、市民の常識からかけ離れたアイデアは実現しないというしくみ。
そこまで首長・幹部職員が腹をくくっておらず、自転車専用レーンの結果の責任を背負おうとしないならば、ア)を実現してクルマ派の苦情が来たとしても、現場の自転車担当のことは誰もかばってくれませんね。
首長・幹部職員は…一般市民からの抗議が及ばない「奥の間」に避難するはずです。そして現場の担当が矢面に立たされ、市民から苦情を寄せられるような案を書いた責任を問われ、よその部署に異動させられてオシマイ。ちがいますか?
これが会社の社長だったら、なんて無責任な社長と役員連中なんだ!ってことになるんでしょうが、行政ではそうはいきません。なぜなら市長はお客様たる市民が選挙でお選びになった方であり、その市長が助役と収入役を指名し、彼ら特別職(内部昇進ではなく選挙と指名で決まるポスト)が、幹部職員の人事を行うからです。
つまり、市長・幹部職員というのは、役所の事務方から見れば、まさに「お客様」そのもの。
「お客様」は役所の事務方に対してあれをやってほしい、これを推進してほしいといいますね。消費者が企業に対して、あんな製品が欲しい、こういうサービスを提供してほしいと要望を寄せるのと同じ。当然のことです。そんな「お客様」の要望を実現するのが事務方の役割。そこで歯向かうのは事務方の横暴。
要望はすれど、「お客様」が、行政の仕事の成果についていちいち責任を負うわけではありません。行政のすべての仕事に興味があるわけでもありません。「お客様」は要望をするだけでよいわけで、選挙で市民の審判を仰いでいるのに、選挙以外で責任を取る必要なし。現場の事務方が盾になって何とかしてね。そう言えるのが「お客様」のポジションです。
ア)の理想の自転車レーンを作った結果、クルマの利用が不便になり、抗議が殺到したら?…それは現場の担当の責任にされます。イ)の歩道ペイント塗り分けレーンの結果、歩行者と自転車の間の事故が増えたら?…それも現場の担当の責任にされます。(責任にされるといっても、クビになるわけではありませんが)
行政は分かっていない!…こういう言い方はなーんの役にも立ちません。行政批判をしたければ、もっと具体的に「歩道の塗り分けレーンでよしとする●●市長や幹部職員はアホ」というように、ピンポイントで特別職・幹部職員の方々自身が恥をかくようなプレッシャーのかけ方をしないと意味がありません。
現場の担当官を責めてもせんなきこと。あるいは「●●市はアホ」というように、実体が存在しない法人格を責めても意味がない。いや、意味はあるかもしれないが、大した効果はありません。現場の担当官や法人格を吊し上げたところで、市長や幹部職員は、聞こえないふりしてオシマイであり、また選挙で選ばれたことをバックに、それが組織内で許されるポジションだからです。
ところが、それならばということで「歩道の塗り分けレーンでよしとする●●市長や幹部職員はアホ」と言おうとすると、困ったことになります。
(つづく)
組織人ドラマとしてはよくあるシチュエーションです。
「踊る大捜査線」や「軍隊もの」の映画しかり。
こういう構図で、たとえば一介の市役所を舞台にしたドラマなんてありませんかね?
若手A(=ペーペー)「自転車道を作るというのなら、歩道のペイント塗り分けレーンや右側通行逆走レーンではダメです!真に市民社会の将来を考えるなら、クルマの通行を制限してでも、断固として自転車専用レーンを車道側に作らなければならないんですよ!マスメディアにニセモノの『先進的施策』とやらで取り上げてもらえればそれでいいんですかっ!?・・・そんなのはまやかしだ!」
上司B「そうはいっても本当に車道の一部をつぶして自転車レーンなんかつくってしまったら、市民生活への影響が大きすぎる。そんな起案を通すわけにはいかない。クルマを使うのが不便になって市民から苦情が殺到したらどうするんだ!キミの言っていることは正しいが、クルマへの影響が極力出ないような案でどうにか調整してくれ」
さあどうする若手の実務担当?
自転車派のみなさんならどうしますか?
ア)自分が勉強した結果、理想と思われる自転車専用レーンをあくまで主張する
イ)上司の(といいつつ実は市長や幹部職員の)意を汲み、「無難な(分かっている人が見たらアホな)」歩道のペイント塗り分け案で稟議書を書いてガマンする
ア)は(今の役所の)公務員としてあるまじき振る舞い。映画やドラマなら、熱血主人公が熱弁を振るって回りを動かすのでしょうが、現実の役所では熱弁を振るった時点でアウト。いや、熱弁を振るうことを許されても(失点には変わりない)、「話は分かった。でも歩道塗り分けペイントでよろしく」となるのがオチ。
たぶんこういう人は、どんなに仕事ができる人でも、「異端児」というか、「折り合いの付けられない問題児」として、役所の中では出世できないでしょうなぁ…。担当から外されて都市交通の部署からよその関係ない部署に異動させられてオシマイですね。以後も仕事の中核的役割をまかされることはないでしょう。
結局別な人が担当になって、歩道ペイント塗り分けレーンができあがる。
よその部署にトバされると分かっていてもア)を貫く?・・・ほとんど無駄な抵抗です。
役所で出世するのはイ)の方です。耐えに耐えて、キレたりせず、ギリギリの案をまとめる人。どの部署に行ってもそういう行動ができるねばり強い人。こらえ性のある人。ギリギリの案というか、本当は「終わってる」んですが…。
イ)の案でまとめ、プレスリリースし、マスメディアに「自転車先進施策」として取り上げてもらったら、よしよしよし、Aクンよ、よく結果を出してくれた、人事考課で高評価ってなもんです。
兵隊はこの戦争が正義かどうかなんて考える権限なし。目の前の敵を掃討しなさい。組織人たる者、文句あるなら去れ。
疋田さんのメルマガや、他の自転車派の論客の方の書くものには、よく「行政は分かっていない」とか「自転車行政の担当官の方には考え直してもらいたい」というようなことが書いてあります。
けれど、僕はこういった意見を読んでも、ほとんど心に響いてこないんですね。ありきたりな「行政」批判というのはつくづくむなしい。なぜなら「行政」批判をされて、「他の誰でもない自分が批判されている」と感じるプレイヤーがいないから。
誰が担当官になっても、たとえ自転車派が担当官になっても、歩道塗り分けペイントレーンが出来上がってしまう構図がありありと目に浮かびますね。
ア)が通るには、担当官よりも上の職階の者、もっとハッキリ言うと首長・幹部職員(役所用語で「理事者」)が、クルマに制限をくわえても構わないという方針を明確に打ち出す必要があります。クルマに制限を加えた結果、市民から抗議が殺到しても、最終的には上が責任を取るのだと腹をくくらねば。
一般市民の常識からかけ離れたこと(車道の一部をつぶして自転車専用レーンをつくる)をやろうとしたら、よっぽど市長・幹部の覚悟が決まっていなければできないわけです。たいていの場合、市民の常識からかけ離れたアイデアは実現しないというしくみ。
そこまで首長・幹部職員が腹をくくっておらず、自転車専用レーンの結果の責任を背負おうとしないならば、ア)を実現してクルマ派の苦情が来たとしても、現場の自転車担当のことは誰もかばってくれませんね。
首長・幹部職員は…一般市民からの抗議が及ばない「奥の間」に避難するはずです。そして現場の担当が矢面に立たされ、市民から苦情を寄せられるような案を書いた責任を問われ、よその部署に異動させられてオシマイ。ちがいますか?
これが会社の社長だったら、なんて無責任な社長と役員連中なんだ!ってことになるんでしょうが、行政ではそうはいきません。なぜなら市長はお客様たる市民が選挙でお選びになった方であり、その市長が助役と収入役を指名し、彼ら特別職(内部昇進ではなく選挙と指名で決まるポスト)が、幹部職員の人事を行うからです。
つまり、市長・幹部職員というのは、役所の事務方から見れば、まさに「お客様」そのもの。
「お客様」は役所の事務方に対してあれをやってほしい、これを推進してほしいといいますね。消費者が企業に対して、あんな製品が欲しい、こういうサービスを提供してほしいと要望を寄せるのと同じ。当然のことです。そんな「お客様」の要望を実現するのが事務方の役割。そこで歯向かうのは事務方の横暴。
要望はすれど、「お客様」が、行政の仕事の成果についていちいち責任を負うわけではありません。行政のすべての仕事に興味があるわけでもありません。「お客様」は要望をするだけでよいわけで、選挙で市民の審判を仰いでいるのに、選挙以外で責任を取る必要なし。現場の事務方が盾になって何とかしてね。そう言えるのが「お客様」のポジションです。
ア)の理想の自転車レーンを作った結果、クルマの利用が不便になり、抗議が殺到したら?…それは現場の担当の責任にされます。イ)の歩道ペイント塗り分けレーンの結果、歩行者と自転車の間の事故が増えたら?…それも現場の担当の責任にされます。(責任にされるといっても、クビになるわけではありませんが)
行政は分かっていない!…こういう言い方はなーんの役にも立ちません。行政批判をしたければ、もっと具体的に「歩道の塗り分けレーンでよしとする●●市長や幹部職員はアホ」というように、ピンポイントで特別職・幹部職員の方々自身が恥をかくようなプレッシャーのかけ方をしないと意味がありません。
現場の担当官を責めてもせんなきこと。あるいは「●●市はアホ」というように、実体が存在しない法人格を責めても意味がない。いや、意味はあるかもしれないが、大した効果はありません。現場の担当官や法人格を吊し上げたところで、市長や幹部職員は、聞こえないふりしてオシマイであり、また選挙で選ばれたことをバックに、それが組織内で許されるポジションだからです。
ところが、それならばということで「歩道の塗り分けレーンでよしとする●●市長や幹部職員はアホ」と言おうとすると、困ったことになります。
(つづく)
黒澤明の「生きる」でも似た様な構図が出てました。
それと重ね合わせてみてると、変わらないところは延々と変わらないみたいですね。
2008.07.14 07:47 URL | kino #- [ 編集 ]
変わらないところは変わらない。
それは役所だけの話ではなく、市民の側が変わらない限り、役所も劇的には変わらないだろうと思います。役所に人材を供給し、役所のトップを輩出するのは、他ならぬ市民ですから・・・。
責任は負いたくない。周りと乖離したことはやりたくない。目新しいことはビビってできない。面倒なことには巻き込まれたくない。わたしら自身の平均的な姿じゃないでしょうか。
自分自身のカッコ悪さを棚に上げて、役所批判なんかとてもできません。
2008.07.16 22:09 URL | かくげ太 #MzDNG6Lo [ 編集 ]
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